2013年1月10日更新
市原隼人の最新主演ドラマ「カラマーゾフの兄弟」は、19世紀ロシアの文豪、フョードル・ドストエフスキーの小説を日本で初めて映像化する心理ミステリー。「罪と罰」と並ぶ最高傑作と言われており、2006年に出版された新訳本は、全5巻で純文学として異例の累計100万部を突破するなど、日本でも愛され続けている。今まで熱い性格の役を演じることが多かったが、この野心作では真反対のクールな弁護士役に挑む市原に話を聞いた。
役として生き切るためにヒステリックな自分を探したい
── ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」という、不朽の名作を映像化することになり、またその作品で主演することになって、最初はどう感じたのだろう。
「この作品を映像化することがまず挑戦ですよね。ドストエフスキーが描いた当時の政治や宗教、貧富の激しさなど、今の日本でやって何が伝わるかって思ったときに、時代は変われど、人間の欲は変わらないだろうって思ったんです。普段僕らが自制心で押さえている欲を垣間見せて、人々の平等を謡うという。 本当にすごい作品です。今の段階(クランクイン前の12月上旬)では、小説はまだ途中までしか読んでいないんですけど、読み進める中で思ったのは、今とにかく狂気が欲しいということです 」
── 「狂気が欲しい」。それは、ドストエフスキー作品と役を前にして、ブログでも吐露していた気持ちだ。
「今の自分は楽をしているので、この役はまだ演じられないって思ったんです。食事も水分も制限してヒステリックな感情に持っていきたいと思って。人と人との間のちょっとしたことでもイラッとしたり、押し付けてしまうような場面があると思うんです。そういうものを今は感じたいと思って、そこに重点を置いています。小説を好きな方に失礼がないように演じたいんですよね。小説を読みながら、ドストエフスキーの言いたいことが自分の中に入って来るんです。メッセージ性が強くて、ものすごく痛々しい。だけど、その世界観がやれることに感謝しています」
── 市原が演じるのは、黒澤家の次男・勲。一流大学の法学部・法科大学院を卒業後、弁護士に。繊細で壊れやすい性格を無機質な表情の下に隠し、過激な小説を書くことで精神のバランスを取っている複雑なキャラクター。かつて演じたことのないタイプの役どころで、彼の新境地となることは間違いない。
「勲は、マニュアル通りに生きていて、人情がないと思いました。弁護士としてもマニュアル通りですし、父親に対しても鎖で繋がれているような感じでマニュアル通りに接している。でも、実は狂気に満ちていて、父親を恨んでいます。幼い頃、父親に対して何かを伝えたり訴えたことがあると思うんですけど、すべて拒否され、さらに恐怖を植え付けられているんですね。だから、自分の感情を人に訴えて形にする人ではない。その一方で、弁護士としては論理を並べて弁が立つ器用な面も持っている。器用であり、不器用でもあって、細かな繊細な面もいっぱい持っている。自分の歩いてきた道が正しいのかも分かっていなくて、自分がブレてしまっている。ある意味多面性があるというか、多重人格のような印象です。それをどうお芝居で見せていくのか。現場に入る前が本当に大事だと思います。何かをするわけではなく、そこに立つことで人に何かを感じてもらえたら。そこまで見せられるよう自分を持っていきたいです」
── 自身の欲や本心を押し殺し、生きてきたキャラクター。その心情、心理を演じる上で、やりがいと難しさを感じていると語る。
「ボクサーの役だったら、ボクシングを覚えればいいんですけど、今回は心理になるのでまた感覚が違います。内面的な哲学ーー何を持って哲学というのか人によって違うと思うんですけど、俯瞰からどんどん中に入っていくことが大事で、そこからだと感じています。台本の1話、2話を読んでみて、改めて難しい作品だと思いました。脚本家の方が一番大変だと思うんですけどね(笑)」
── メッセージは多いが、一大テーマである「人間の欲」について深く考えたという。
「人と人の間の感情でも物に対しても、人間の欲、本能は必ずあるんですよね。どういったところに共感していただけるかはわからないんですけど、僕もそういう気持ちはあるし、わかるなって思いました。でも、僕を含めて現代人は、それを抑えて生きている。すごい喉が渇いているときに、目の前に水があっても、5人いたら自分だけ飲むのはどうなんだろうって自制心で抑えてますよね。それで社会が成り立っている。でも、人間は本来動物であり、本当だったら寝たいときに寝たいし、食べたいときに食べたい。それを我慢していて、現代人は普段欲望を20%ぐらいしか出していないと思います。今回僕は、そのリミッターを外した状態をお見せしたいと思っています。役として生きられたら本望ですね。これは毎作思うことですが、今回はよりその思いが強いです 」
── 物語は、究極の罪である“父殺し”の犯人として疑われる3兄弟の心理を追いながら、不況や政治混迷、格差社会、就職難など、先の見えない若者たちといった現代が抱える影も投影していく。
「今の日本の、何が良くて何が悪いのか分からない。そういった混沌とした面ももちろん感じていただける作品になると思いますし、人間とは何かという大きな命題も考えていただける作品になると思います。誰しも欲にまみれた黒いものがあってーー相手の立場に立っても100%理解できないし、自分のことは自分しか分からないと思っている。でも、一番分からないのが自分なのかなって、この作品について考えると矛盾というものを思い知らされます。日本が抱える問題点もですが、キャラクターを通して、自分の内面的なものと照らし合わせていただけると思います」
── 「ドストエフスキーの世界にどっぷり浸りたい」。そう力強く語る姿に、作品へぶつける熱気が伝わってくる。
「現場を、とことん楽しみたいと思っています。この作品に触れ考えることが限りなくあるんですよね。また、この作品を通して、古典というものだったり、昔から受け継がれる表現を好きになりそうな予感がしています。観ていただく方には、純粋に楽しんでいただけたら嬉しいですね」
Writing:杉嶋未来
フジテレビ系ドラマ『カラマーゾフの兄弟』
2013年1月12日より毎週土曜夜11:10~
黒澤家の当主・文蔵が殺害され、3人の息子が取り調べを受けることに。警察は文蔵に苦しめられてきた息子たちの犯行を疑うが…。
3部構成で展開し、第一部では事件の日に至るまでの、兄弟の足跡をたどる。二部は、事件当日を。第三部では、取り調べから判決までの真相解明を描く。長男役に斎藤工、三男役を林遣都が演じる。
(C)フジテレビ
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