「歌川さんの人生を演じるということは、簡単なことじゃないと思いました。脚本を読んだときに、活字ということもあって、悲しい出来事やつらい描写が前面に出ているという印象を受けました。正直、演じきれるかなという思いがありました。自分自身は歌川さんのような壮絶な人生を歩んできたわけじゃない。どうやったらタイジを表現できるかなと思っている中で、原作のコミックエッセイを読んでいくと、歌川さんの持つタッチなのか、活字だけが持つ印象とは違うあたたかさ、やさしさを感じました。そのとき、物語の本質はここにあるんじゃないか、演じる糸口があるかもしれないと思いました」
「作品の内容について、あのときどういう気持ちだったのかといった話はあまりしませんでした。どちらかというと避けていた気がします。本人の話を聞いて、歌川さんをわかったようなつもりにはなりたくない。歌川さんがどんな風に感じ、どんな気持ちだったのかを自分なりに想像して考えを巡らせることで、やっと体現できると思っていました。歌川さんも演技に関して干渉することはなく、僕に託し任せてくれていた感じがします。歌川さんの佇まいや、他愛もない会話の端々にヒントがあって、キャラクターを知る中で意図的に芝居に組み込み、表現につなげていきました」
「羊さんとは以前にも共演したことがあるのですが、今回は悲しいシーンや辛いシーンも多く、役柄での関係性もあるので、必要以上の会話はお互い避けていました。役者として同じモチベーションで撮影にのぞめていた気がします。親子関係がいびつではあるけれど、羊さんが体当たりで演じてくださったので、自分でもたくさん感情が引き出された部分はあります。最近になって、インタビューでご一緒する中で、実は羊さんも撮影中は意識的に距離をとっていたことがわかって。自然とお互いにそういう気持ちだったことを知り、演じる上ではものすごく良い緊張感があったことを思い出しました」
「どこにも居場所のなかったタイジの拠りどころです。この物語はお母さんとの関係を修復するという話だけど、キミツや婆ちゃんがいて、タイジに居場所ができたからこそ、母親と向き合うことができたのだと思います。ひとつひとつの巡り合わせが、タイジを支えて成長させていったと感じています」
「自分の母親のことを考えずにはいられなかった作品です。自分と母との関係は、特に干渉することもなく割と気楽な関係性なのですが、最近、それは信頼関係の上に成り立っていると思うようになりました。これまで当たり前のように保っていた距離感は、実は当たり前のことじゃないんだなと。年齢も重ねれば、環境も変わってくる。今まであえて向き合うことはなかったけれど、お母さん孝行してみたいなと思うことが増えました。そんな気持ちになったのが、年齢なのか作品なのかはハッキリとはわかりませんが…」
「僕自身の笑顔の源は、無理をしないことです。悲しくても笑ったりするタイジの笑顔は、作品の中でキーになるので意識して演じた部分はあります。 “自分の人生でこんなに嬉しかったことはない”というタイジのセリフがあるのですが、友人に愛情を注がれ、その喜びがタイジなりに更新される瞬間は大事にしたいという気持ちでした」
「ラストの河原で母親とまぜご飯を食べるシーンです。物語はそれまで、母親との関係がうまくいかず、激しく争うシーンの連続で。最後の最後で、溶け合うように分かち合えた瞬間がすごく嬉しくて、不思議な感覚でした」
「いろいろな家族の形、親子の形があると思います。観る人にとってどのような影響を及ぼすのか想像はできないけれど、僕自身は、愛するそして愛される権利を持っていない人は1人もいないということを感じました。人と人とが寄り添う重要性、そういうものを描いている気がしています」
Writing:タナカシノブ
MOVIE
11月16日(金)公開
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