「私が演じるファニーは、今井翼さんが演じる主人公マリウスの恋人で、彼よりは少し年下の女性。でも、夢を求めるマリウスの背中を押して、ときには無邪気な彼を見守るような母性に満ちた面もあって、大きな愛で彼を包んでいます。女性の方が精神的に大人になるのが早いとよく世間でも言われるように、ファニーは年下ながらマリウスのお姉さんのようなたたずまい。マリウスとファニーは思い合っている男女で、昔から両思いだけれども恋人同士の雰囲気にはなかなかたどり着かないもどかしい関係です」
「マリウスとファニーの恋や、親が子どもに捧げる愛だったり、すぐそばにある当たり前にある愛情をすくいあげて、小さな喜びをいつくしむような作品だと思います。もちろん人生のキラキラした瞬間だけではなく、訪れる別れのほろ苦さも含めて描かれるので、遠い誰かの物語ではなく、誰の心にも引っかかって響いていくんじゃないかなと思うんです。ファニーという一人の女性の人生を生き抜けたらと今からワクワクしています。それに今回、初めて山田洋次監督とお仕事をさせていただく機会ということもあって、夢の中にいるような気持ちもあるんです」
「初舞台だった『ブエノスアイレス午前零時』では、実際にアルゼンチンに行きたいと思っていたけれど叶わなかったんですね。今回は、主演の今井さんの『マルセイユに行きたいと思ってる』との言葉に背中を押されて、私も今度こそはと決心しました。なので元からアクティブなわけではないんです。作品に突き動かされた……っていう感覚かもしれません。作品の中でフラメンコを踊るシーンもあるので、フラメンコの先生と一緒にスペインを回りつつ、マルセイユへというコースでした」
「まず、印象的だったのがお天気にすごく恵まれたこと。滞在中はずっと晴れていて、空気はひんやりしているけれど太陽の光がすごくあたたかくて。目の前に広がる港には、見渡す限り船の帆がバーっと並んでいて、見たことのない景色で感動しました。作品の舞台になっている実在のバーにも行って、『ここがマリウスの舞台なんだぁ』と不思議な気持ちになりました。バーでたまたま知り合った見ず知らずのおばさまが、大の『マリウス』ファンで、『あなたがファニーを演じるの!?』と感激してくださり、いろんなお話をしてくれたんですね。次の日も、パニョルのお城へ連れて行ってくださったり。『マリウス』という作品に導かれたような体験をすることができました。舞台はこれからですが、こうした出会いや縁が濃厚すぎて、すでに何かひとつ終わったような感覚になっちゃって(笑)」
「山田監督はずっと遠い世界の人というイメージで、お会いできるだけでも胸がいっぱいという感じ。すごく柔らかい雰囲気の方で、亡くなられた奥様が私と同じ鳥取の方なんですね。故郷の話をしているときに『妻が生きていたら喜ぶなぁ』っていってくださったのが印象に残ってます。稽古中の山田監督は、舞台のシーンをまるで一枚の絵が見えているかのような演出をされます。カメラを通して舞台を見て、どういう風に役者が動くのかを指示されている感じがします。まだ、私も舞台に慣れていなくて、客席を意識するよりも、リアルなお芝居をしてしまうことが多く、客席にお尻を向けてしまったりすることもあって。そこが難しいんですけれど、そこに気持ちがあれば問題ないと自分では思っています。共演者のみなさんは、ベテランばかりで山田組としてもたくさん仕事をされてきた方たちばかり。柄本明さんにも、私がスタッフさんから指示された位置について悩んでいると、あとからコソコソっと『位置なんでどっちでもいいんだよ』って和ませてくださったり(笑)。どっしりしていていいんだなと気持ちがラクになりました」
「映像とは進めていく過程に大きな違いがあります。舞台は一度スタートしたら、終わりを迎えるまで止まることなく走り抜けていく。その世界観にいられるのが幸せだし、好きなんですね。それは体を常に動かしていられるっていうのも大きいかもしれません。もちろん映像も短くシーンを重ねていく点で瞬発力が鍛えられて勉強になる場所。舞台は気を抜いていられないし、その場でしっかりと生きて、存在していなければいけないからその臨場感が大好きです。役者はもちろんお客様の息遣いまで感じられるから、そのドキドキ感も含めて舞台の楽しみだと思っています。今回は、フラメンコにも挑戦します。今までいろんなジャンルのダンスを踊ってきたけれど、フラメンコもすごく難しかった! でも、感情のままに、熱い思いを表現するダンスなので、心があれば体がついてくるのかな?と思います。その熱を肌や心で感じてもらいたいですね」
「自分が出ていないシーンでもぷっと吹き出してしまうような笑えるシーンもあり、山田監督もおっしゃっていたんですが、国は違っても喜びも悲しみも万国共通であり、そこに息づくキャラクターたちもそうであると。フランス人でも日本人でも、喜んだり悲しんだりする気持ちは同じ。作品を通して、自分が幸せに感じることってなんだろうと、ふと立ち止まって考えられる作品になっています。心がポッとあたたかくなるような幸せな気持ちになってもらえると嬉しいです」
Writing:長嶺葉月
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