「『片桐はいりさん主演で、大島で撮りたい』と企画書をいただいて、てっきり江東区の大島にある食堂の話だと思い込んでいたら、実は伊豆の大島を舞台にしたドラマだと分かり、『え~っ!?』と驚いたのが、今回の最初の印象でした(笑)。映画館で“もぎり”をしていると、40~50代の女性のお客さんがたくさんいらっしゃるのに、日本の映画やドラマで、その世代の女性たちがあまり活躍できていない現状を、常々疑問に感じていたんです。私だったら、イケメンの男の人やキレイで可愛い女の子の作品ばかりじゃなくて、自分と同世代の女性が七転八倒しているドラマや映画が観たい。別に私じゃなくてもいいんですが、誰かが少しずつでも打破していかないと、面白くならないじゃないですか。『やっぱり50代の女性が主演じゃダメだな』と言われるのは困るので、結果を出せるように一生懸命やっています」
「仕事一途に生きてきて、あともうちょっとで定年なんだけど、『さすがにもう限界だ!』と大島にやってきた日出子の気持ちが、同じ50代の働く女としてなんとなく分かる気がしました。1960年代生まれで『世の中は、右肩上がりに成長していくものである』と信じて疑わずに突っ走ってきた人間が、きっと『え!?』っと感じた瞬間が訪れたのではないか、と。舞台となっている大島は、1時間あれば車で回り切れるくらいの小さな島なんですが、場所によって気候が全然違うし、魚の呼び方すらも違ったりします。よく『離島の暮らしが~』と言ってますけど、世界からすれば、きっと日本列島も十分離島ですよ(笑)。それこそ大島には、日出子さんじゃないけど自転車で『ヤッホー!』と走りたくなるような、最高に楽しくて素敵な場所が沢山あります。車も時速40キロ以下じゃないと走っちゃいけないし、信号や標識も本当は必要ないくらい人口も少ない場所なんだけど、子供たちがいざ都会に出て行った時に、信号を見てびっくりすると困るから一応作っておこう、みたいな感じなんです。これほどゆったりした時間のなかに身を置いていると『大自然に文句を言っても仕方ない』という気持ちになれるので、いま気持ちはとても健やかです。とはいえ、大島での撮影初日が、ドラマの冒頭に出てくる『裏砂漠』と呼ばれる広大な黒い砂漠に佇むシーンだったんですが、本当に霧が濃くて、立っているのもやっとなくらいの暴風で。『キングコング』なんかのハリウッド映画のロケ地に使ったらいいんじゃないかと思うほどの原始的な大自然のなかで、小手先の芝居でどうにかなるだろうなんて考えは初日に吹っ飛びました(笑)」
「役柄を掘り下げる上で、その人物の弱点や欠点を見つけたときに、俄然やる気が出るタイプなんだってことを発見しました。裁判官という超エリート街道を歩んできた人物を演じることは、私にとっては雲をつかむようなものですが、実は正義感が強い人ほど、意外と怖いものも多いんじゃないかと思って、『この人は実は魚が触れないんじゃないか?』とか『虫が苦手なんじゃないか?』と考えたら、一気に親近感が湧きました。私自身も『いつか田舎暮らしをしたい』とか言いながら、実は蝉が大の苦手だったりするんですが、人間だれしもそういう矛盾は常に抱えているものじゃないですか。それこそドラマの第一話で近藤公園さん扮するIT社長に『あんた、部下の誕生日とかちゃんと覚えてんの?』って、日出子さんが説教する場面がありましたが、そのセリフを言いながら『あれ? 私、スタッフさんの名前、ちゃんと全員分かってる?』と、思わず自問自答してしまいました。普段は『照明さん』とか『衣装さん』みたいに、お仕事の役割で呼ぶことが多いんですが、『あの人は、海に潜るのが好きな○○さん』と覚えた方が、自分も楽しく現場にいられると思って、次の撮影までに慌てて頭に叩き込みましたけど、正直セリフを覚えるより大変でした(笑)」
「説教の内容自体よりも、人が説教したくなる時とか、説教する人を見る面白さというのも、あったりするじゃないですか。そういう意味で、『説教するタイプってどんな人物だろう?』と思ったときに『あ、寅さんだ!』とピンときて。寅さんって、自分の恋愛はちっとも成就していないにもかかわらず、色恋絡みの話がものすごく上手い。毎回“くさや”が『水戸黄門』の印籠のように出てきて、『風待屋』を訪れるいろんな人たちの心や体に衝撃を与えていくこのドラマのなかで、私は日出子さんを『おせっかいから、一生懸命まっとうなことを言おうとしている、寅さんみたいな人物にしたい』と思いながら、演じているところもあります」
「みなさん役柄としての反応と、ご自身の素の反応とがそれぞれ違うので、私は二通りの“くさやリアクション”を楽しませていただいています(笑)。焼いている時は臭いがすごくて『食べられるかしら?』っておっしゃっていたのに、本番でものすごく大きな塊を箸で掴まれて、『うわ~、そのまま食べちゃった……!』という方も中にはいらっしゃいました(笑)。大島には、聞いたことも見たこともないような貝や地元でしか食べられない魚もたくさんあります。小さい唐辛子が名物なんですが、お刺身にのせて食べるとおいしいですよ。私は普段、お酒をガブガブいただく方ではないけれど、くさやを食べるときは焼酎が欲しくなりますね。私がくさやを食べる場面も先日放送されましたが、臭すぎて険悪な空気の中でも思わず笑っちゃうというような、実際に感じた正直な反応を取り入れました」
「コロナが起きる前までは、たった一日外に出ないだけでも『あぁ、今日は何も収穫がなかった』とクサクサしていたんですが、いまの私にはその一見無駄な時間こそがとても大切。その“無駄だと思い込んでいた時間”から発酵してくるものの豊さを噛みしめているんです。このまえ三ノ輪の商店街に行ってみたら“昭和の匂い”が漂ってきて、ものすごく懐かしい気持ちになったんですよ。かつて私が子供だった時代はそこら中からこういう匂いがしていたはずなのに、今は全部キレイになって、臭い物には蓋をしている。最近は納豆にしろ、ぬか漬けにしろ、改良されて、臭くないじゃないですか。そんな最近の世の中の風潮に対しては、ちょっと恐怖すら感じています。とはいえ、撮影中は本当にくさやは臭くて辛いんです! くさやを炙っていると髪や服にも臭いがつきますし、お店も2~3日は『うわぁ』って感じになるんですが、一方でその臭さをどこか私は新鮮に感じてもいて……。『このくさやの匂いが画面越しに皆さんにも伝わるといいな』と思いながら、日々撮影をしています」
「“行きつけの店”となると、ただそこに行って、いつもの定食を食べるだけじゃなくて、お店の人たちと一緒にあれこれ会話する楽しさもあると思うんです。そういった意味も含めると、私にとっての“行きつけ”と呼べる場所は映画館であり、どうしたって『キネカ大森』になります。『どう最近、何が流行ってるの?』『あれ入った?』『私は観たけど、あなたどうだった?』って、支配人やスタッフたちにいつでも気軽に話しに行ける場所なので」
「今回このドラマをやるにあたって、『とりあえず、自分の見た目と声だけ信じとけ』という、劇作家の岩松了さんから掛けていただいた言葉を思い出しました。それなりの年月を経てきていますから、キレイに映らないのは仕方がない。もともと私は俳優なのに、自分以外の何者かになれるとは思っていないところがあるから、まさに岩松さんのおっしゃるように、自分の見た目やそこから出てくる声を信じるしかない。だからたとえどんなに偉い人や極悪人の役をやるにしても『この人さぁ、なんかちょっとヘンだよね。よくわかんないけど笑っちゃう』って自分で思えるようなキャラクターじゃないと、私には演じられない気がします」
「かつて俳優をこのまま続けていくかどうか迷ったときに、機内誌のライターになって、旅をしながら文章を書く仕事も楽しいかもと思ったことがあるんですが、『風待屋』の舞台となっているお店のオーナーが、まさに世界100カ国以上旅をしてきたようなトラベルライターさんだったんです。最近大島に移住してカフェを始めたと聞いて『そういうセカンドライフもありだな』と、ちょっとうらやましく思ったりもしましたけれど、私自身はいますぐ俳優を辞めて何か別のことをやりたいみたいなことは、さすがに考えていないです」
「週の半ばの深夜、都心から1時間45分高速フェリーに乗れば着く離島に、こんな暮らしがあることや、そこに広がる原始的な風景を、ぜひ皆さんにも目にしていただけたらうれしいです。『ちょっと休みを取りさえすれば、自分もそこに行けるんだ』って、心の片隅に留めておける場所があることって、実は結構重要な気がします。『まぁいいか、私にはあれがあるから』と、心の拠りどころになるような、そんなドラマになったらと思っています」
Writing:渡邊玲子
(C)「東京放置食堂」製作委員会
TV
毎週水曜25:10~放送中!
テレビ東京ほか
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