「もともと大学院時代の同期が『パパムス』の韓国版を監督していたのがきっかけなんです。日本でドラマ化された当時はアメリカにいたので観ていなかったんですが、韓国版を通じてこの作品を知り、『これは、もしかしたらベトナムでもいけるんじゃないか?』ってピンと来て(笑)、自ら原作権を交渉してベトナムの映画会社に企画を持ち込みました。『サイゴン・ボディガード』の撮影中、主演俳優のタイ・ホアさんから『もう1本やろうよ! 日本に面白そうな原作はないのか?』と声を掛けてもらったこともあって、いくつか提案してみたんですが、なかなか彼の気に入る作品が見つからなくて。『パパムス』の話をしたら『ぜひやろう!』ということになりました」
「ベトナムは受験戦争が過熱していて、子どもは強制的に勉強をさせられているんですが、その反面、大人たちはゲームをして遊んでいたりもする。『パパムス』ではそういったベトナムの社会問題を反映させつつも、親の方が『もっと子どもにクリエイティブになってほしい』と願っていて、子どもは逆に『親にはもっと責任を持ってほしい』と感じている、という設定を盛り込みました。本来そうあるべき自然な姿を、あえて目指すという切り口の方が、かえって新鮮に見えるような気がしたんです」
「ベトナムの映画館って、日本と比べて観客の反応が良くも悪くも大きい。『パパムス』でもあちこちでドッカンドッカン笑いが起きるし、中には泣いている方もいたりして。僕も公開時にお客さんたちと一緒に観たんですが、ベトナムの人たちから『パパムス』が愛されているのが実感できて、すごく嬉しかったですね。主演のタイ・ホアさんはベトナムでは大人気の名優で、若手人気女優のケイティ・グエンさんが出演する待望の第2作だったこともあり、ベトナムの観客から特に注目が集まりました」
「ベトナムの家庭って、子どもが多い家が多いんですよ。でも『パパムス』のベトナム版では、父と娘の関係性に焦点を絞るために、母親が既に亡くなっている一人娘の『父子家庭』に変えました。ベトナムでは『お父さんが男手一つで、娘を必死に愛している』という設定自体が割と珍しかったこともあって、ベトナムの観客の興味を惹いた部分もあるんじゃないかと思います」
「日本の場合、役者さんとは衣装合わせの時にちょっとお話をして、すぐに撮影に入るケースが多いんですが、ベトナムではリハーサルの期間が一カ月近くあるので、役者さん自身も脚本作りに大きく関わることが出来るんです。リハーサルでいろいろ試しながら変えたりすることもあって、役者さんにとってはかなり自由度が高い現場と言えます」
「『パパムス』では、クラシックバレエに加えて、カンフーの要素を取り入れたんですが、さらにそこに『ベイピング』という、タバコの煙を使ったパフォーマンスも掛け合わせています。ケイティはムスメ役を演じるにあたってこの3つを習得した上で、『ムスメ本人の役』と『パパと入れ替わっている役』、さらに『パパがムスメのふりをしている役』という、3通りもの芝居を演じわける必要がありました。彼女にとっては、かなり過酷なチャレンジだったんじゃないかと思いますね(笑)」
「日本だと200人くらいの規模で撮ることが多いんですが、ベトナムでは1000人規模のエキストラを集めることが出来たので、実際に満員のコンサート会場で撮影をしました。とはいえ、スケジュールの都合上、クランクインしてすぐにあのシーンを撮影しなければならなくて。夏場の撮影だったのですが、その時期ベトナムではスコールが降るので、ちょくちょく撮影が中断するんです。急な天候の変化にも左右されるなか、撮影ではかなりの緊張を強いられました」
「日本から役者さんを呼ぼうという案もあったんですが、『落合くんがやってみてよ』って、プロデューサーから頼まれて。これまでも短編作品には出たことがあるんですが、『パパムス』では結構長いセリフを喋らなければいけない上に、ベトナムのトップの役者さんと一緒にお芝居しないといけないわけじゃないですか! そういう意味では、僕の出演シーンが一番苦労した部分と言えるかもしれません(笑)。しかもあのシーンでは『スプリットスクリーン』という、画面を2分割する技法を使ったために、セリフを発するタイミングを計って撮影する必要があったので、通常のシーンよりさらに複雑で……。自分のせいで作品が台無しになったらどうしようかと、不安で仕方ありませんでした(笑)」
「『サイゴン・ボディガード』のプロデューサー兼俳優であり、ベトナムのヒットメーカーと言われるキム・リーさんと東京で知り合ったのがきっかけです。僕らはたまたま同い年ということもあって、すぐに意気投合して『ベトナムで一緒にやらないか?』って誘われました。だからもし彼がベトナム人じゃなかったら、タイやインドネシアで活動していたかもしれません。とはいえ、ちょうどベトナムの映画業界が上り調子だったことも、外国人である僕にチャンスが回ってきた理由の一つと言えると思います。最近ベトナムでは映画館がどんどん増えていて、外国映画も沢山上映されているんですが、ベトナム映画自体はまだ毎年40~50本しか作られていない状況で、良質なコンテンツや若い映画作家が、いまベトナムでは求められている。そういった状況がプラスに働いた部分もあると思います」
「いや、実はそんなことはないんです。『サイゴン・ボディガード』を例に挙げると、もともとあれは警官の話だったんですが、『警官が誘拐されるなんてミスは絶対起こさないからダメ!』って言われてしまって、設定を変更せざるを得なかったんです(笑)。今回の『パパムス』に関して言うと、基本的にはお化けとか幽霊といった類のものは、一切出てこないんですよ。もしこれが、ゾンビやお母さんの幽霊が出てくる話になると、たとえコメディだとしてもダメなんです。『他の国の映画は管轄外だけど、ベトナムには、ゾンビも、お化けも、エイリアンもいないから!』って(笑)。だから『パパムス』では『パパがムスメになってはいるけど、中身が入れ替わっているだけなので、お化けの範疇には入らない』っていう、絶妙なラインを狙いました(笑)」
「原作やドラマのファンはもちろんのこと、『今までベトナム映画を観たことがない』という人たちにも、ぜひ観て欲しいと思います。『パパムス』を通じて、日本の若い人たちにもベトナムという国の文化や人柄に触れてもらいたい。コメディ映画は『国によって笑いどころが違う』と言われることも多いんですが、この作品はもともと日本の原作ですし、日本人にも楽しんでもらえる要素が沢山あると思います。そういった意味でも『パパムス』がベトナム映画の『良い入り口』になったらいいな、と思っていて。僕自身、世界各国の映画を観て育ったことで、いろいろな国に興味を持つきっかけにもなったし、興味を持てばその国に友だちも増えるから、究極的には『世界平和』にもつながると思うんです。いまアジアの中でも急成長を遂げているベトナムはどんな国なのか、ベトナム版『パパとムスメの7日間』をきっかけに知ってもらえたら嬉しいです」
Writing:渡邊玲子
MOVIE
11月17日(日)よりシネマート新宿 のむコレ3にて公開
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