「“人間とは?”“幸福とは?”といった、根源的な問いを投げかける、売れ筋の古典がいいのではないでしょうか。彼女は本を読み慣れていなそうなので、最近流行りの“古典のマンガ化”を、ジャンルを問わず手当たりしだいに読んでほしいなと思います。なぜかというと、彼女は自分がいかに恵まれているのかを見失っているから。誰にも言えない子を身ごもっている愛子ちゃんや、両親を同時に亡くしてしまった直実は、現実的な大きな悩みに直面しています。その若い2人に対し、明日子は経済的に恵まれているし、夫婦関係にも大きな問題はありません。それなのに自分が空虚だと思いこんでいるのは、非常に現代人らしいファジーな悩み方ですよね。だから古典を読んで、人間の原点に立ち返ってほしいなと思いました」
「どんな役でも、『この人が本当は何を考えて、こういう言動をしているのか』を考えます。自分が好きなキャラクターだと、ちょっと過保護な見方になってしまうのですが、自分とは考え方がかけ離れていて理解しきれない人物や、『ちょっと嫌だな』と思う人物だと、突き放して分析できて、全体図も見えてきます。この物語における明日子は、直実のペースを乱す、厄介な人。タワーマンションでの新生活で、直実が落ちつけない原因が明日子なんです。どれだけ直実をかき回して追い詰められるかが、明日子のパーツとしての使い方。それを肉体で演じていくうちに、どんどん人間味が出てくる。明日子を解釈し、それを通して映画の全体像と明日子の役割を掴み、明日子を演じながら、人間味を出していく。何層もの楽しみ方がある役柄でした」
「用意された衣装を見て、押しが強い人で、間違った方向にエネルギッシュなんだなと理解しました(笑)。気持ちがずっとグレーに濁っていて、どうやって浮上しようかと模索する直実というキャラクターと、面白いコントラストを作れればいいのかな、という方向性も見えました。明日子や直実が暮らすタワーマンションと、直実の職場である古民家のコントラストも面白かったです」
「タワーマンションに暮らす人は、世間的には成功者と思われていますが、明日子は幼稚なキャラクターとして描かれています。一方、直実の職場は素敵な大人の空間です。みんな地に足が付いていて、お互いの距離が近い分、他者との間に線を引いている。私自身、こういう場所に所属していたいタイプの人間です」
「相手に良くしてあげたいという明日子の気持ちが母性なのか甘えなのかは、微妙なところですが、母性だとしたら、あそこまで面倒は見ないと思います。むしろ、面倒を見ることで彼女が直実に甘えている。だから触る。私はどちらかというと直実の気持ちがわかるタイプなので、『(自分が直実だったら)触れられたら嫌だな』と思ったタイミングで、突っついたり触ったりするようにしていました」
「たしかに、少ない言葉で映画の魅力を幅広い層に向けて伝えなければいけない舞台挨拶では悩みましたし、共演者の皆さんも『よくわからなくて…』とおっしゃっていました。私も、『こういう映画です』と、一言では言い切れなくて。パーツパーツで面白い映画なんですよね。私にとっては、愛子ちゃんと直実の、あの年代ならではの距離が近く泥臭さのある友情が輝いて見えました。明日子にはなかったですが、文学的な台詞も魅力の1つだと思います。日常生活ではなかなか言語化しないものが、『注目してほしい』と際立たせられて、お持ち帰り用の取っ手をつけられた台詞になっています。そういう台詞を自然に言うのは役者にとっては難しいですが、観ている人にとってはキャッチーなものになっています。それを何個かお持ち帰りいただけたら、この映画に満足していただけるんじゃないかなと、個人的には思っています」
「脇役をきっちりできる先輩に憧れがあり、2006年から2年間の休業を経て、そういう俳優になりたいという目標に向けて復帰しました。非常に技術を必要とすることなので、難しいとわかっていましたが、ここまでなんとか順調にやってきました。コロナで仕事が止まったとき、もちろん動揺もありましたが、コロナ前までを振り返ってみると『たくさんの素敵な仕事ができた、いい人生だったなあ~!』と晴れやかな気持ちになったんです。意外なほどに、思い残すことがなくて。だから、今後の役者業に関しては、「いただいた仕事を全力で頑張ろう!」という、非常にシンプルな心境です。執筆の仕事も増えて、休業に入る前から夢だった、新聞の連載も決まりました。時間はかかりましたが、焦らなければ夢って叶うんだなーと、幸せをぼんやりと噛み締めています(笑)」
Writing:須永貴子/Photo:笹森健一
MOVIE
10月23日(金)公開
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