「オファーをいただいたのが2019年の初頭で、ちょうど私が31歳になる年だったんです。主人公と私は全く違う人生を歩んで来てはいたんですが、30歳になるまでに私自身が抱えていた不安や、どれだけ苦労したり腐心したりしてもなかなか望むものが手に入らなかったりするような状況にも共感できたので、『このタイミングで月見ゆべしの役をいただいたのも、きっとなにかの巡り合わせだな』と思って、『これは私がやる役だ!』とすぐに心が傾いていました」
「もともと音楽自体は好きで、これまでにも仕事で歌わせていただく機会はあったものの、精緻な音程が取れたり、伸びやかに歌い上げられたりするような技量はなかったですし、歌が得意といった意識もありませんでした。とはいえ、やると決めた以上は主演としての責任がありますし、特に今回はクラウドファンディングで企画に賛同いただいた皆さんに出資していただいていたこともあり、私としては決して生ぬるいものにしたくなくて。ミュージシャンの役を演じるにあたって、観ている方々に“俳優が演じている”ということを忘れ去ってもらう境地まで達するにはどうすればいいのか、ずっと模索していた気がします」
「脚本上だと、ゆべしと、彼女をマネージャーとして支える信太との掛け合いが中心で。もちろんそれ自体とても面白いものではあるのですが、お互いに勝手なことを言い合っているので、“ただいがみあっているだけの二人”という印象で終わってしまったら、監督がこの映画で届けたかったことが目減りしてしまうんじゃないかと思いました。ベースは音楽の世界で表現しながら生きている人たちの話なんだということを、観てくださる方に自然と感じていただくためには、『私がまず偽りなく、歌やギターを必死でやってみるしかない』と思って、まだ正式に撮影が決まる前から自分でギターの先生を探して、自主的に練習を始めたんです。“月見ゆべし”が生きているように見えたなら嬉しいです」
「夢とは何なのか。名声を得たいのか、たくさんのお金が欲しいのか。本当に自分が心から求めているものはなんなのか、分からなくなる時があるんです。でもある夢に向かってひたむきに進んだ末、たとえ何かしらの結果が残っていなかったとしても、人生そのものを引き受けて生きていく潔さみたいなものを、このセリフから感じました。実は、ゆべしと同じように東京で表現活動に邁進してきた私の身にも、ちょうどコロナ禍に入るタイミングで思ってもみなかったことが起きたんです。京都で暮らしている父が突然入院してしまい、親が老いていくという避けられない現実や、やがてこの先自分自身も確実に老いていくんだってことが大変リアルなこととして感じられ、感情が大きく揺さぶられました。そんななか、コロナ禍でいつこの映画の撮影ができるかわからなくなったときもずっとギターの練習は続けていて、ギターを弾いたときに音楽から得られる力に自分自身が支えられていることに気がつき、『私にとって音楽は生きる上で欠かせないものだ』と確信しました。その体験を通しての実感が、ゆべしを演じる上での芯になったと思っています」
「ミュージシャンの知人に完成した映画を観てもらったんですが、『ミュージシャンにとってギターは大切な商売道具だから、絶対にそれで人の頭は殴らない』と言われて、『ですよね……』と返すしかありませんでした(笑)。自分と同じ業種だったらツッコミどころが目についてしまい変更を加えたい気持ちが生まれていたかもしれませんが、厳密には知らない音楽の世界だったから、映画として面白くなる方向へ気にせず進めていたのでしょう。クライマックスで信太が取る行動についても、脚本を読んだとき、『あのシーンはどうやって演じるんだろうな』と楽しみにしていました。『辻占恋慕』はゆべしとはまた別の、信太の人生を同時に描いている物語でもあります」
「信太役の大野さんが監督も脚本も担当されているのですが、大野さんのワードセンスは抜群に面白い。『なんてめんどくさい人たちばっかり出てくるんだろう!』『あぁこいつも…うわぁこいつも…』と久しぶりに見て随所で笑いました。大野さんて日頃どんなふうに人間を眺めているのかなと興味深いです(笑)またクライマックスの信太を見ているときは苦しく切なく、えも言われぬ感情で胸の中がぐちゃぐちゃになりました」
「奇遇なことに大野さんもカメラマンさんも私と同い年で、スタッフさんも20代後半~30代前半が中心の現場でした。同世代の人たちがそれぞれの技術を寄せ合い、身を粉にしながら9日間で撮りました。当初の映画のリード文で『思い出なんかにしたくなかった』という言葉があったのですが、私にとってもこの映画は“思い出”という言葉にはおさめられず、自身の“源”のような存在となりました。月見ゆべしはきっといまもこの世のどこかで音楽を続けているはずですし、私もそんなゆべしと並行して自分自身の人生を生きていく。表現することも終わることはありません。ゆべしのセリフじゃないですが(笑)、『辻占恋慕』は“消費されたくない”映画になりました」
Writing:渡邊玲子/Hair&Make-up:灯(ROOSTER)
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5月21日(土)公開
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