MOVIE
仲野太賀 主演映画「泣く子はいねぇが」舞台挨拶付き特別上映会!
同作は、監督・脚本・編集の佐藤快磨さんが、秋田県・男鹿半島の伝統文化「男鹿のナマハゲ」から、“父親としての責任”、“人としての道徳”というテーマを見出し、親になることからも、大人になることからも逃げてしまった主人公が、過去の過ちと向き合い、不器用ながらも青年から大人へ成長する姿を描いた完全オリジナル作品。
上映前に行われた舞台挨拶に登壇した仲野は、「主人公のたすくを演じました仲野太賀です。本日はご来場いただきまして、本当にありがとうございます。会場に入って、これだけ大きいスクリーンの中で、こんなにたくさんの人がこの映画を観に来てくださっているということが、今面食らっているというか非常に感慨深いものがあります。この映画は最初の企画の成り立ちからしたら4~5年前からあって、長い間、監督、スタッフの皆さんが男鹿に通い詰めて、時間を掛けて丁寧に丁寧に作って今日を迎えることができました。撮影が終わったのもコロナの緊急事態宣言が入る直前でギリギリだったのですが、こうして皆さんの前でこの映画が上映されるということが、本当に奇跡的だなと思って感慨深い気持ちでいっぱいです。今日は最後まで楽しんでいただけるよう頑張って話しますので、どうか宜しくお願いします。」と挨拶。
本作について、「やっぱりまず脚本を読ませていただいた時に、何て素晴らしい脚本だという風に思いまして、佐藤監督が描く人間模様というか、人間に対する愛おしさというか、滑稽に見えるかもしれないけれど、それすらも愛おしく書ける深い眼差しみたいなものを感じました。その上でユーモアもあって、そういう風に人間を描ける作家さんは稀有だなと思いました。何よりラストシーンが強烈で、僕が演じるたすくという役は大人になりきれなかった青年で、父親になる覚悟を持てないまま父親になってしまった男なのですが、その男の人生が垣間見える瞬間というか、ナマハゲというものによって色々なものが共存している奇跡的なシーンだと思っていて、こんな強烈なラストシーンをとにかく演じてみたいなと思いました。僕もこのたすくという役に共感して、この脚本だったら、今僕が出来る最大限の等身大と言いますか、それを如何なく発揮できるなという自信があって臨ませていただきました。出来上がったものを観た時に、これは佐藤監督のおかげですけども、正直自信作だなと思いましたし、とても大切な作品になりました。」と語った。
「大人になること」「親になること」を描いた本作のテーマにちなみ、子供時代の家族との思い出深いエピソードを交えながら、幼少期の写真を公開する一幕も。仲野はスクリーンに投影された自身の写真を眺めながら、「非常に可愛いですね(笑)。4~5歳の時の写真だと思います。めちゃくちゃ甘えん坊だったと思います。母親の傍から一時も離れたくないというか、いつもお母ちゃんにくっ付いてまわっていました。保育園で母と離れ離れになる時に毎日大号泣で絶叫でした。“行かないでぇ~!!お母さぁん!!”って言って(笑)。」と振り返り、笑いを誘った。
最後に、「自分の俳優人生をこれから続けていく中で、この作品と出会えたことで、ある種の転機というか、自分の中で覚悟が決まった作品になりました。それはやっぱり監督と出会えたこともそうですし、吉岡里帆さん、寛一郎さんをはじめとするキャスト、そしてスタッフの方々との撮影現場での日々があまりにも幸福と奇跡に満ち溢れた作品でした。出来上がった本作を観た時に、これは力強いものが出来上がったなと喜びでいっぱいになりました。この作品がこれからたくさんの人に旅立っていくというか巣立っていくのが感慨深いです。できれば、この映画を観てくださった1人1人とどんな風に思ったのか対話したいぐらい、そんな風な映画になっています。今日はご来場いただきまして、本当にありがとうございました。」とメッセージを送り、締めくくった。
映画「泣く子はいねぇが」は、11/20(金)全国公開。
ぜひ劇場でご覧ください。
【ストーリー】
秋田県・男鹿半島で暮らす、たすく(仲野太賀)は、娘が生まれ喜びの中にいた。一方、妻・ことね(吉岡里帆さん)は、子供じみていて 父になる覚悟が見えないたすくに苛立っていた。大晦日の夜、たすくはことねに「酒を飲まずに早く帰る」と約束を交わし、地元の伝統行事「ナマハゲ」に例年通り参加する。しかし結果、酒を断ることができずに泥酔したたすくは、溜め込んだ鬱憤を晴らすように「ナマハゲ」の面をつけたまま全裸で男鹿の街へ走り出す。そしてその姿がテレビで全国放送されてしまうのだった。ことねには愛想をつかされ、地元にも到底いられず、逃げるように上京したものの、そこにも居場所は見つからず、くすぶった生活を送っていた。そんな矢先、親友の志波(寛一郎さん)からことねの近況を聞く。ことねと娘への強い想いを再認識したたすくは、ようやく自らの愚行と向き合い、地元に戻る決意をする。だが、現実はそう容易いものではなかった…。果たしてたすくは、自分の“生きる道”、“居場所”を見つけることができるのか?